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ヒグコハ

子供と一緒に遊び、瞑想。

何故怒りを招いてしまったのか。ポケモンGoリリースに思うこと

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つい先ほどポケモンGoがリリースされましたが、かなりのユーザーがやきもきし、関係の無いソフトウェアの評価を下げるなどの八つ当たり現象なども見られました。

なぜ、ここまでポケモンGoは人々の怒りをかきたててしまったのでしょうか? 

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ポケモンシリーズに対する日本のユーザーの心理的距離が近すぎた

なんといってもポケモンシリーズへの日本人の思い入れが強すぎたことが第一の原因に挙げられるでしょう。

私はどちらかというとファミコン世代なのですが、ポケモンを子供の頃からプレイし続けた世代にとって、ポケモンはいわば「子供の頃からの大親友」。

それが、海外で大活躍しているというのにいつまで経っても音沙汰が無い。

挨拶の一つもなく、遅くなっていることのお詫びもない。

ずっと仲良くしてきた友達が海外で大活躍した後、突然帰ってきて、余所余所しい態度を取り続けたらどう思いますか?

こいつ、何気取っているんだ」と不快に思うことは間違いないでしょう。

もっとも、任天堂も株式会社ポケモンもナイアンテックも、一企業として不正確な情報を出さないように沈黙を守っていただけなのでしょうが、それがポケモンをまるで身内のように思っていた日本人にとって他人行儀に映ってしまったことは否定できません。

公式の対応が日本人の「身内」の「重要なことの進め方」の器質に合わなかった

もう1つは圧倒的なコミュニケーション不足でしょう。

日本人は仕事を進める上でも「報・連・相」のように、常に確認しながら進めることを美徳としてきた風潮があります。

若い世代ではそうでもないかもしれませんが、ある程度会社で上司とやり取りしていると小まめな連絡をしなかったことだけで叱られたり、上司でなくとも親に最近何も音沙汰がないことを責められたりしたことが少なからず経験があるのではないでしょうか。

重要な案件であればあるほど、その傾向は強いように思われます。

日本人にとって、ポケモンGoは「重要案件」でした。

その重要案件について全く進捗報告がない。

これは親しみをもってポケモンに接していた人ほど、強く不満に思っていたことでしょう。

好きの反対は「無関心」。好きのベクトルは簡単に「嫌い」に向かう

ここまで降り積もった不満のかけらが、「ポケモン大好き!早く!」という人たちの希望を徐々に黒く染めていったことは想像に難くありません。

心のエネルギーは容易に消えないもの。

そして好きの反対は「無関心」であって、好きというエネルギーは簡単に「嫌い」というエネルギーに変換されうるものです。

大ファンが多かった日本であればこそ、全く関係の無いIngressの評価を下げるような行為や、関係者に暴言を吐くなどの酷い行為に発展してしまったのでしょう。

まとめ

ついにリリースされたポケモンGo。

海外では既に、敷地進入やスマホに夢中になるがゆえのトラブルなどが発生しています。

夏本番を控える今、熱中症にも気をつけなくてはなりません。

どうかこれからプレイされる皆さんに楽しい経験が与えられますように。

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