『ワールドトリガー』で有名な葦原大介さんの初めての連載作品『賢い犬リリエンタール』。
既に完結していますが、世界観とキャラの魅力に溢れた完成度の高い作品です。
賢い犬リリエンタール 全4巻 完結コミックセット (ジャンプコミックス)
- 作者: 葦原大介
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2010/10/29
- メディア: コミック
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目次
- 目次
- あらすじ
- 連載時期は2009~2010年
- ジャンプらしくないがゆえにテーマ性が際立つ良作
- マーケティング的にはスタート時点で大失敗している、本当の意味での「実験作」
- 戻るべき日常があるSF
- 丁寧な表現による簡潔な、でも繊細なメッセージ性
- 何てことないセリフと思わせておいて、不意撃ちもうまい
- ワールドトリガーの世界観ともつながってる
あらすじ
日野兄妹の住む家に『弟』として送られてきた賢い犬、リリエンタール。
リリエンタールは周囲の人間の心に反応して光ることで「ふしぎなこと」を起こしてしまう。
まっすぐで純粋だが複雑な過去を持つリリエンタールと、日野兄妹の兄と、妹のてつこ、お隣の兄妹、リリエンタールを狙う黒服たち、リリエンタールのふしぎな力で出会う者達とのSFファンタジー。
連載時期は2009~2010年
2009年、2010年の週刊少年ジャンプで連載されていました。
もともとは読み切り版でしたが、その後週刊連載されることとなっています。
ちなみに読み切り版にも「紳士」と兄、てつこが出ています。
ちょっとだけ造形が違うリリエンタールは単行本で読むことが出来ますよ。
ジャンプらしくないがゆえにテーマ性が際立つ良作
葦原さんは『ROOM303』というデビュー作があるのですが(少年ジャンプ+で読めます)、そちらとは似ても似つかないテイストの作品です。
少年層に対してであれば明らかに『ROOM303』がウケるし、『ワールドトリガー』はまさにジャンプの読者層である10歳~15歳に調整された作品でした。
どうしてもバトル展開とか、ゲームっぽさはヒットには欠かせないですからそれを上手に組み込んで、葦原さん独特のSF感を組み込んだ『ワールドトリガー』が面白いのは必然ともいえます。
現に大ヒットしたしアニメ化もされています。
「友情」「努力」「勝利」の定番ジャンプ路線が好きな方は正直あまりおすすめはしないですが、リリエンタールにはキャラとしての「愛される子供らしさ」がふんだんに詰め込まれています。
ゆえにジャンプらしくないですが、1つのキャラの魅力をしっかり描き込んだ良作となっているように思います。
マーケティング的にはスタート時点で大失敗している、本当の意味での「実験作」
この『賢い犬リリエンタール』は作者が後に4巻の前書きで書いている「リリエンタールを好きになってもらうこと」を目標としている作品です。
目標がある時点で、連載で実験をやっていると言っても過言ではないでしょう。
あらすじにも記載したとおり純粋であり、素直で優しいとってもいい子。
小学校高学年~中学生なんてこの「いい子」から脱却したくて育ち始めた自我を持て余している時期じゃないですか。
どうやっても客層と相容れないキャラクターでマーケティング的にはスタート時点で失敗しています。
ひょっとすると短命に終わるのも見越していたのかもしれません。
ですがその思惑に見事にはまってしまった人にとってはたまらない魅力を秘めている作品になっています。
その魅力とは
- SF作品だが「日常生活の大切さ」をしっかりと書いていて、それがメインテーマと個別の話にしっかり結びつけられていること
- 大事なもののかけがえのなさ、思い入れの深さへの表現の繊細さ
この2つであり、あまり他の作品にみられない稀有なポイントです。
戻るべき日常があるSF
『ドラゴンボール』がいい例ですが、基本的に小中学生に大ヒットする話は冒険談か非日常です。
漫画が娯楽である以上、つまらない日常は置き去りにするのが王道です。
でも、リリエンタールではそれをしませんでした。
- 守るべきもの(大切な人との日常生活)があること
- 戦いや冒険はそこに戻るための手段であること
2巻の紳士ウィルバーとのチェス対決、3巻のあんこくまじんとの戦い、4巻の魔女にお願いに行く話など、どの巻も大好きな話が盛りだくさんなのですが、どれも自分の力を伸ばして外へ外へ行く話ではなく、必ず「お家に戻ってきます」。
その証拠というべきか、4巻の最後に単行本だけに追加されたエピソードがまさにてつこがリリエンタールを心の支えとして「日常に戻って行く」物語になっています。
安全地帯があるからこそ、子供は冒険に旅立つことができます。
実際、小中学生が家から出て戻ってこないというのはリアリティの無い話。
その意味ではSFではあるけれど、妙に納得感のある内容に仕上がっています。
丁寧な表現による簡潔な、でも繊細なメッセージ性
あまり細かく書くとネタバレになってしまいますが、リリエンタールはただの「いい子」ではありません。
だけど日野兄妹の父母のサポートによって「家族」になれたリリエンタールは「ふしぎなこと」を引き起こしつつも日野兄妹のりっぱな「弟」になれるよう頑張ります。
第一話からそれを象徴するシーンが2つも出てきますが、その描写が繊細で丁寧なためセリフ自体は簡潔なのですが心を強く揺さぶられます。
1つ目は最初の日野兄妹との対面時。
てつこは犬用のケージをあけた後、見なかったことにするかのようにパタンと扉を閉めてしまいます。
泣き叫ぶリリエンタール(当然です)。
しかたなくもう一度扉をあけると、リリエンタールは半べそでぶさいくな顔で笑顔を作っているのです。
その後の自己紹介で
「だいいちいんしょうはえがおがだいじ」
と書かれた紙と、自己紹介の挨拶文を読み上げるリリエンタール。
これ、ただこの挨拶を読み上げる(多分日野父母に言われた自己紹介のポイントをそのままリリエンタールがメモした)だけでは大したことない場面です。
ですが直前の「泣きながらもなんとか笑顔を作ろうとしていた」シーンを一つ挟むだけでいかにリリエンタールが父母を信頼しているか、またりっぱな家族の一員になろうとしているかの意気込みが強いかが何も言わずとも分かってしまう。
こういう「推測させ、説明しない」ことでキュッと心を掴む描写がとてもうまい。
何てことないセリフと思わせておいて、不意撃ちもうまい
また、綺麗な伏線による不意打ちもとてもうまい。
2つ目は日野家に向かう途中のバスがハイジャックされた時。
ハイジャック犯がドアから深い闇の中に落ちそうになると、リリエンタールは思わず助けてしまいます。
乗客全員の命を危険にさらした犯人を助ける必要はなかったのではないかと問いに、リリエンタールはこう答えます。
「くらいところにおっこちるのは、こわいですぞ?」
これだけ読むとシンプルな子供の論理「くらいのはこわい」→「こわいのはいやだよ」→「だから助けよう」に見えます。
ですが、後々明らかになってくるリリエンタールの生い立ちの中でこのセリフがどれだけの重さを持つことか!
こればっかりは「読んで!」としか言いようがないのですが、この「裏に隠された言葉の力」があるからこそ、たった一言でバスの中の雰囲気ががらりと変わる描写が生きる。
シンプルな、でも力強い同情心。
さらっとこういう描写が沢山出てくるため、何度読み返しても発見が出てきて未だに我が家では本棚の最前列に並んでいます。
ワールドトリガーの世界観ともつながってる
実は、後続作品の『ワールドトリガー』にもリリエンタールの設定は生かされています。
リリエンタールの舞台となった町が「隣町」として出てきたり、どうみてもリリエンタールなぬいぐるみや缶バッジが作中に出てきたり。
宇佐美の姉妹(と思われる)人物も登場します。
というわけで、
- ちょっと変わったSFが読んでみたい
- 『ワールドトリガー』が好き
- けなげな子(犬)が大好き
という方にお勧めの『賢い犬リリエンタール』。
全部で4巻しかないので、まとめ買いしちゃうのがいいと思いますよ!
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