ヒグコハ

子供と一緒に遊び、瞑想。

やめてもよかった

世界を組み立てる、という遊び

とは言え、あまり深くまでは当時は哲学を理解していませんでしたし、今も理解出来ているとは思えません。 一番の収穫は考えるための材料となる単語が増えたことでした。存在、実在、観念、唯心、唯物、善悪や幸福についての複数の定義… 無意識に言葉にする前…

考えることを考える、ということ

そんなわけでとにかく高校時代は感覚と思考を一致させることが出来ずに悶々としていました。

人間って何だろう

当時はそれなりに文学少年を気取っていて、そのくせ筒井康孝とか椎名誠などのSFばっかり読んでましたが、まあ本が好きでした。

人の記憶がない幼少期

まずは生い立ちから。

しばらく過去を書き続けてみます

ここ数カ月、ありとあらゆることが裏目に出ていた為「何か出来ることは無いだろうか」という言葉が日々頭の片隅を過ぎっていました。